【吉田酒店の酒蔵探訪記】萩野酒造(宮城・栗原市)

「感覚に数字がついてくることが大切。酒造りはファンタジーではないんです。」
こう話すのは萩野酒造代表の佐藤曜平さん。今回の訪問で一番心に刺さった言葉です。

江戸時代に栄えた奥州街道。
その宿場町の面影が残る場所に酒蔵があります。

萩野酒造さんは、岩手県との県境にある宮城県栗原市の有壁にて『萩の鶴』や『日輪田』などの銘柄を醸造しています。この他にも『猫ラベル』『メガネ専用』など、美味しいだけでなく親しみやすく楽しい日本酒の商品開発や提案もされています。

全量山廃仕込みで醸す『日輪田』は、曜平さんが東京農業大学醸造学科を卒業し、蔵に戻った平成14年から始めた銘柄です。立ち上げから10年の試行錯誤を経て山廃仕込みへ、そして今後は生酛仕込みへと変わっていくそうです。米の旨みを出しながらもクリーンな味わいで、普段着のように肩肘張らずに楽しめるお酒です。
もうひとつ主要銘柄である『萩の鶴』は、昔から地元で愛されてきたお酒。速醸仕込みで醸し、穏やかな香りと宮城らしいスッキリとした味わいが特徴です。

当たり前のことを徹底して丁寧に

仕込み蔵に入ったと同時に炊き立てお米のいい香りが…
ちょうどタイミングよく、朝一番の仕込みを見せていただきました。

ラジオ体操が終わると、蔵人さん達は蒸しあがったお米を引き上げ、すぐに放冷機の中へ。
洗米・釜場・放冷機のすぐ向かいには製麹室。それぞれの場所への距離が近く、動線も短く配置されています。いかにお米に加わるマイナス要因を減らし、効率よく少人数で仕込めるかが考えられているのです。

萩野酒造さんの酒造りの方針の一つが『衛生醸造』です。
“蔵の中で一番汚れているのはスマホとそれを持つ人間”と考えており、お客様の口に入るものを製造する側として、衛生面には可能な限りの配慮をしています。
徹底的な手洗いも行っており、寒い時期の水が冷たいときでも積極的に蔵人が手を洗えるように、どの手洗い場でも温水が出るようにしているそうです。

素手で直接お米の温度や感触を確認することがありますが、萩野酒造さんでは原料米を扱う際にはビニールの手袋を必ず着用。“いかに汚れる原因を少なくするか”という考えの元です。

製麹室への出入りは必要最低限にしています。さらに、電波式の温度計を使用して、室内や麹の温度を製麹室の外からでもチェックできるようにしています。徹底した衛生管理は作業効率も良くし、蔵人さん達への負担も減らしているのです。このような仕事を続けることで、衛生面についてはもちろんですが、“大切なお米を扱う”という意識が蔵内に根付いたそうです。

曜平さんの集中講座

朝の仕込みを見せていただいた後は、曜平さんの集中講座を受けました。宮城県のお酒の歴史から始まり、萩野酒造さんの酒造りについての壮大な講座です。

『地元有壁の緑の里山の風景が目に浮かぶような、クリアでピュアな米の味』
米・水・酵母・麹菌が健全に働き、マイナスな外的要因で傷つかないよう細心の注意を払った上で、初めて”萩野酒造の考える理想の酒”が表現できると考えています。

『クラシックに造り、モダンに管理する』
徹底した衛生管理と高度な醸造技術に加えて、常にその時の状態を正確に把握しておくために、『精密分析』を怠らないそうです。


様々な工程のお話の中でも、特に印象に残ったのは『限定吸水』『火入れ』ついて。

限定吸水とは、浸漬中の米が水を吸いすぎないよう制限することです。
萩野酒造さんでは、お米10㎏ごとに吸水の管理をしております。全体重量の吸水率ではなく、お米一粒一粒に対する吸水率を意識することで、麹のでき上がりが全然違うそうです。
麹のできも酒質に影響を与えるので、手間はかかりますが、細かい管理や調整ができる限定吸水が理想とする酒造りにはピッタリなのです。

『火入れを制す者は日本酒を制す』と曜平さんは熱く教えてくれます。
火入れとは、搾ったお酒に熱を加えて殺菌および酵素等の活性を止めること(SAKE DIPLOMA教本より引用)です。生酒と火入れ酒それぞれに魅力はありますが、日本酒は火入れのタイミングと方法、貯蔵の温度管理や期間によって、全く異なる味わいに仕上がります。
フレッシュさを保ち、搾られたばかりの新酒に第二の命を吹き込むためには…
【上槽から4~5日以内に瓶詰め➡迅速火入れ➡急速冷却➡0~5℃での冷蔵貯蔵】
生酒での時間帯と品温が高い時間帯を極力短く!!より高いレベルの火入れと急速冷却のためには設備投資も欠かせません。
目指す味わいのお酒に仕上げるため、様々な火入れや貯蔵のパターンから、お酒ごとにベストな工程を選択しているのです。文の最初の言葉にもあるように、「造り上げる日本酒は偶然の産物ではない」「感覚と数値が一致していることが大切という考えが実践されています。

醸造施設を再び

講座を聞いた後にもう一度仕込み蔵を見学。改めて見てもピッカピカな蔵・道具・機械たち。

仕込み部屋は冷蔵完備。搾り機が置いてある部屋も冷蔵完備です。フィルターには絶対にカビを発生させない事を徹底しています。醸造に使う全ての物に対して清潔を心掛けているので、洗濯にもこだわりがあります。道具・布類・作業着などは別々に洗浄し、洗剤もそれぞれに合わせたものを使うという徹底ぶり。
全ての工程において工夫を積み重ね、大切なお米を最良の状態で醸し、最高の状態でお届けしたいと考えているそうです。

地域性を含めた味わいこそ酒の個性

このように徹底した酒造りを行う萩野酒造ですが、もう一方で『地域性を大切にしていきたい』という思いもあるそうです。見学の最後に蔵の周りを案内していただきました。

蔵の前の道は江戸まで続く旧奥州街道で、蔵から少し歩いた場所には「有壁宿本陣」という殿様が泊まるための特別な宿があります。
”宿場町の面影を残すこの地域を、地元のお酒で盛り上げていく”
お酒を造る要素として地域性も重要であるという考えから、景観や農業を守る取り組み、町おこしなどのイベントにも力をいれていきたいと話してくれました。

地域性と徹底した醸造管理が合わさることで、『地元有壁の里山の風景が目に浮かぶような、クリアでピュアな米の味』という個性が生まれるのです。


当たり前のことを徹底的に丁寧に行うことは大切ですが、続けていくことはとても大変です。萩野酒造さんの伝統を重んじながらも、科学の技術を駆使していく酒造りの姿勢が格好よく、憧れを感じました。
曜平さん、萩野酒造のみなさま、お忙しい中ご対応頂きありがとうございました。


萩野酒造株式会社

〒989-4806
宮城県栗原市金成有壁新町52

TEL:022-844-2214
FAX:022-844-2026

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